第一章
第二章
女性は、鏡雪(かがみゆき)と言う女性だ。歳は、現在十六歳。両親は、記憶も残らないくらい幼い頃に亡くなり。そして、今まで育ててくれた祖母も三日前に亡くなって殆ど食事も取らず、家から出る気持ちも無かった。自分の気持ちでは、何時までも生前の楽しい気持ちだけを考えたいのだが、四日も経つと、周りの人々も許してくれない。強制的に現実の事を考えなくてはならなくなるのだ。そのような気持ちになった時だった。ある男性が訪れたのだった。その人物は、この地に住む人なら誰もが知る人物だった。それは、当然だろう。この地の領主なのだからだ。なら何故と、鏡雪も不審よりも驚いていた。
「鏡静(かがみしずか)のお孫さんの鏡雪さんだね」
「はい、領主様」
「私は、あなたの祖母、鏡静の知人。いや、それ以上だ。私の乳母なのだよ」
「えっ」
「祖母から何も聞いていないのか?」
「はい。あっ、それでも困った事があれば領主様に相談しなさいと、でも、それは、常識的な事だと思っていましたので、挨拶に出向こうと考えていただけでした」
「そうかぁ、何も伝えていないのか」
「はい」
「それなら、それでも良い。私が来た目的は、私の施設で暮らすかと聞きにきたのだ。当然、知っていると思うが孤児は、私が引き取って育てている。どうだぁ、一緒に暮らすか?」
「ですが、私は成人と言われえる。十六歳になりましたよ。孤児と思われる歳では無いと思うのですが・・・・・それ知っていて言われるのですか?」
「そうだぞ。だが、無理に誘っているのではない。だが、何か仕事が出来るのか?」
「・・・・・・・・」
「祖母のように占い師、祈祷は無理だろう。今すぐ返事を聞くつもりはない。又、明日でも来ることにするが、その時には返事を聞かせえて欲しい。最後に言うが、引き取っている孤児は、勉学など将来に役立つように教えている。それを、考えの一つとして欲しい。ただの施しでないからなぁ。それにだ。良い人材を育てる事は、領地の繁栄にも繋がるのだ。乳母の子供だとしても特別の扱いはしない考えだ。だから、皆より歳が上だとしても気にしないで将来に役立つ事を憶えなさい」
雪の祖母は、赤い感覚器官を持つ者だった。だが、武器の機能はなく、補助機能としての感覚器官だった。それで、簡単な探し物など。だが、祈祷が主な仕事だったのだ。それは、可なりの確立で水を探す事が出来たのだ。それで、井戸を掘る時は必ず頼られていた。その事を領主の作間源次郎は言っていたのだ。
領主が帰ってから雪は思案していた。確かに、今の自分では何も出来ない。野垂れ死する可能性が高いだろう。良い誘いなのだが、祖母から聞いた。赤い感覚器官が知らせる導き、運命の相手を探す旅がしたいのだった。それでも、一人で旅が出来るはずもない。金に余裕があれば、男装でもすれば旅が出来るだろうと思いがあるが、今の状態では無理だった。
それで、家で考えても何も浮かばず、祖母との楽しい思い出しか浮かばない。このままでは考えも出来ず。寝る事も出来ないので、深夜を歩いていたのだ。そして、考えてもいなかったのだが、何故か、領主が言われた施設に足が向っていた。そして、施設の建物を見る前に、綺麗な月を遮る雲と思っていたのが、違っていたのだ。月よりも綺麗で魅力的な物だった。それに、視線を奪われて見続けた。それも、当然だろう。その物に風や光が当たると七色の虹のように光が屈折して綺麗に光るのだ。雪は知らないが、もしかすると、晶の涙に光が屈折したのか、羽衣の屈折だったのか、それは、確かめようがなかった。それでも、高度の為か月の光が強すぎなのか、それとも、深夜の暗闇の為か、それが何なのか分からなかったが、綺麗な物だったから見続けた。誰に聞かれても、本心から正体が知りたいから見ていたのではなかった。だが、何分、何時間だか分からないが、それが、少しずつ高度を下げてきたのだ。そして、それが、現実に存在する物体だと分かり驚くのだった。そして、高度が下がり続け、施設の方に向かい、明かりが灯る窓に近づくと、深夜の暗さと月より明るくなった窓の光で人影だと分かり、心臓が止まるほど驚くのだった。それ以上は確かめようとせずに、自宅に向かった。それも、満面の笑みを浮かべてだ。その表情からは、明日の領主に伝える答えが現れていた。そして、自宅に着くと、楽しい気持ちを忘れない為だろうか、それとも、先ほどの事が夢に現れると思っているのだろうか、直ぐに床に入った。そして、興奮して寝られなかったのだろうか、遅い時間に寝たはずなのだが、普通の家の人達が、旦那が仕事に出かける前に、調理する音が響く頃には起きていた。それでも、食事の用意をするのでなく、湯浴みの用意がしていた。恐らく、領主が何時に来られても良いように支度の用意をしていたのだろう。
「あの方は、何て言う人なのだろう。領主様の館に行けば会えるのかな、もしかして、息子さんなのかな、会えたとしても話しも出来ないわね。でも、館でなく、孤児院の建物だったわ。なら、友達になれるかしら、えへへ」
雪は、夢心地で体を洗っていた。領主への失礼のない身支度の用意と言うよりも、まるで愛しい人に会う為の勝負支度のようだ。
「領主様は、何時頃に来るのかな、もしかして、私の昨日の態度で気持ちが変わったのかな、なら、家で待つのでなく、私が館に出向いた方が良いのかな」
領主でなくても、普通なら早朝から出向く者は居ないだろう。そのような思考判断も出来ない程に、名も知らない者に惚けていた。雪は、自分でも気が付いていないだろう。深い溜息を八回も吐くと、外に出て領主が着ているかと、何度も確かめるのだ。そして、何十回目だろうか、そろそろ、昼が過ぎようとしていた。又、外に出たのだが、先ほどとは違う大きな溜息を吐いた。今度は領主が迎えに来ないと思ったのだろうか、がっくりと肩を落として諦めようと考えている様子だった。
「はっぁー、何か食べようかな」
楽しい希望だけで何も考えられなかったが、その希望が叶わないと思ったのだろう。突然のように空腹を感じて食事の用意を始め、食べた終えた後は、新たな楽しい希望を夢描いているのだろうか、それとも、何もする気持ちが起きないのだろうか、いや、祖母が何かを答えてくれると思っているに違いない。目を開けながら夢を見ているかのように、祖母の仏壇を見詰め続けた。
「祖母は、何かを答えてくれたのか?」
「えっ」
雪は、声に驚き振り返った。作間源次郎は、無断で家に上がって来たのか、と思うだろうが、違っていた。何度も呼びかけたが返事が無く、何かが遭ったのではと心配になったのだ。そして、雪の表情を見て不審を感じた。
「泣いているようだが、それ程までに施設で暮らすのが嫌なのか?」
「えっ」
雪は、作間源次郎に言われるまで、自分が涙を流しているのに気付いていなかった。
「何かを考えているのなら、言ってくれないか、出きる限りの事をしよう」
「いいえ、私の所に来て頂けないのかと思ったのです。私は、喜んで施設で暮らします。そして、いろいろな知識を憶えたいのです」
「そうか、そうか」
「はい。これからお世話になります。よろしくお願いします」
「なら行こう」
「あっ、少し待ってください」
「ん?」
雪は、位牌などを鞄に入れようとしたのだ。それを、作間が見た。
「この家に二度と帰らない考えなのか?」
「えっ。あっ、はい、そうです。住まないのにお金を払う余裕がありませんから」
「大丈夫だ。安心しなさい。この家は、私にとっても思い出の家なのだ。私が買い取り、今の状態を保存する考えだったのだ。安心して好きに使って構わないぞ」
「何故、そこまで親切にしてくれるのです」
「私の乳母だと言う事は話しをしたな。だがな、何一つ、私の家に頼る事をしてくれなかった。それで、やっと、私を頼りに来てくれた事が、本当に嬉しかった。それなのに、それが、亡くなる三日前の日だったのだ。雪が将来に困らないように勉学を教えて欲しい。そう言われたのだ。私は、その願いを、全力を持って叶えられるようにする」
「うっううううう」
雪は、祖母の思いが心に伝わり、余りの嬉しさで涙を流した。
「泣く気持ちは分かる。それでも、そろそろ泣き止みなさい。私は、乳母の気持ちに答える為に厳しく教育するぞ。その時の為に涙をとっておくのが良いと思うぞ」
「はい。そうですね。宜しくお願いします」
作間の厳しい言葉で泣き止んだが、それでも、その後に続く言葉には温かみを感じて、雪は笑みを浮かべて返事を返した。
「なら良いな、行くぞ」
作間は玄関の方向に指差した。恐らく、外に馬車が停めてあるに違いない。
「はい」
だが、外には何も無く、雪は、作間が現れるまで立ち尽くした。
「どうしたのだ?」
「馬車がありませんね?」
「そうだが・・・・・・変かぁ?」
「歩きで行くのですね?」
「歩きでは嫌か?」
「いいえ、変ではありませんが、領主様が疲れるのではないかと、思ったのです」
「私は大丈夫だ。それに、言ってなかったが、私の事を院長か、作間と言いなさい」
作間は時間が惜しいのだろうか、頷くのを確かめると歩きだした。その後を、雪は話しを聞きながら付いて行くのだった。
「はい、分かりました」
作間は、馬車が嫌いでも、経費の削減でもなかったのだ。それなら何故、と思うだろうが、自分の領地の様子を、自分の目で確かめたいのもあるが、人々からの相談の言葉や楽しい普通の会話がしたかったのだ。まあ、普通なら領主が歩いていても領民が声を掛ける者がいないのが普通なのだが、施設を始めてからは、話しを掛けて来る者が多くなった。勿論だが苦情などでは無い。領民の子供にも無料で教育を教えるからだ。それでも、初めの間は、孤児を学ばすのに採算を取る為に始めたのだろうと、などの陰口を言う者もいた。今では誤解する者はいない。だが、働き手が減って困る家もあると思われるだろうが、そのような事は無かった。施設の教育の一部として、田畑などの仕事を無料で手伝いをして覚える。この教育のお陰で仕事が捗り、学問も学べると、皆が喜んでいたのだ。
「領主様。私の息子が学問は楽しい、楽しいと言っています。本当にありがとうございます。何か、私達でお役に立てる事があるようでしたら言って下されませ」
「領主様。あっ作間様。私達の息子に勉強を教えてくれてありがとうございます。昨日なんて、美味しい菓子を食べたって喜んでいましてねぇ。あの様な楽しい笑いは久しぶりでした。もし良ければ、私の漬物でも食べてください」
領民の母親が、何度でも頭を下げ、そして、些細なお礼をしようと近寄ってきた。
「良いのだ。気にするな。だが、漬物は頂こう。ありがとうなぁ」
「勿体無い言葉です。ありがとうございます」
普段なら領民も沢山集まるのだが、雪が供のように後を歩くので、遠くから頭を下げるだけだった。それでも、普段のように立ち止まれば近寄って来ただろうが、作間の方も早く施設に行き、雪を、皆に会わせたいのだろう。簡単な挨拶だけをして立ち去るのだった。
「領主様が手荷物など、見っとも無いですから、私が持ちます」
「構わん。だが、領主とは言うなといったはずだぞ」
「済みません。これからは気をつけます。許してください」
「分かれば、それで良い」
暫く歩き、森と言うか、館や施設の広い敷地に入ると、誰にも会う事もないからだろうか、無言で歩く事になる。それの静けさが、雪には不安を感じ、段々と気持ちが沈んできた。作間が表情を見たのなら何か言葉を掛けるだろう程に青ざめていた。
「そろそろ、施設に着くからな。雪、お前が施設では一番の年長だからな。皆に会ったのなら一言で良いから挨拶でもしなさい」
その様子に気付かないまま、ますます落ち込む事を言った。
「如何したのだ?」
何も返事が聞こえてこないので、後に付いて来ているのかと不安になり後を振り返った。
「如何した。そんなに青白い顔をして具合が悪いのか?」
雪が心配になり見つめていたのだ。返事が返らず、同じ言葉を掛けようとした時だ。雪がぽろぽろと涙を流し出したのだ。
「如何した。やはり家に帰りたいのか?」
「私、これからの事を考えると・・・・・・・・不安で・・・」
「そうかぁ」
「それに、挨拶なんて・・・・・」
「雪の事を考えたのだよ。歳が一番上だし、始めに、良い挨拶をしていれば溶け込めると思っただけだ。それ程に悩むな」
少しの会話だけだが、雪は安心したのだろうか、それとも、この施設に入ろうと考えた。あの月と男性の姿を見た場所だから気持ちが向上したのだろうか、顔色も元の状態に戻っていた。そして、作間が、又、話しを掛けて来た。
「今見えている建物が、これから住む施設だぞ」
施設は二階建ての建物だった。ビジネスホテルのような機能を重視の物で、元々の用途は、使用人と客人の付き添いなどが泊まる部屋だろう。本当の客人と言える者は、見栄えがする建物の本宅に泊まるはずだ。 作間は、雪を安心させるように話しを掛けてきた。だが、直ぐには施設には向かわずに、作間が生活する本宅に向かった。恐らく、その前に、詳しい規則などを教える考えなのだろう。その後に、皆に、夕飯の時でも紹介させる考えなのだろう。